『長歌行』その3

夏達『長歌行』の5巻と6巻が同時に刊行されてますね。
われらが女主角の李長歌も朔州・突厥契丹と流れ流れて、唐土に立ち戻り、洛陽は流雲観編です。
流雲観は架空の道観(道教寺院)なのですが、その名はおそらく崑崙山の西王母の宮殿とされる「金丹流雲宮」から取っているものと思われます。流雲観の観主の静澹真人が西王母をイメージして造型されているとはさすがに思えませんが、女性観主を自然にみせるための舞台装置かなと思います。ちなみに唐代にも女性の道士はいたようです。本作よりは時期がやや下りますが、司馬承禎と同時期に華陽の謝自然(『續仙傳』巻上)のような女真人が見えたりもしています。
ところで「薬王」孫真人こと孫思邈は、実在の人物です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%AB%E6%80%9D%E3%83%90%E3%82%AF
西魏に生まれて唐の高宗の末年まで生きていたという140歳超えの長寿伝説を持つ人物ですが、実際は隋の開皇初年の生まれだろうと思います。それでも充分に長生きです。孫思邈は漢方の医学と薬学に功績を残した人ですが、煉丹と服食で長生成仙を求めた道教の系譜の人でもあるわけです。あと黒色火薬の発明に先立って、硫黄と硝石を混合してよく燃える薬を作った人(『諸家神品丹法』巻之五)でもあります。これも本来は丹薬として呑むために作ってたんですよね。
あと司徒郎郎という人は実在してないはずですが、『雍正剣侠図』の司徒朗ってキャラがモデルなのかもしれません。ややトリックスターめいたキャラですが、よく分からないです。
http://baike.baidu.com/item/%E5%8F%B8%E5%BE%92%E6%9C%97
6巻は長安編に入って、物語も佳境を迎えそうですね。長歌労咳っぽくなって、先行き心配です。

長歌行 5 (ヤングジャンプコミックス・ウルトラ)

長歌行 5 (ヤングジャンプコミックス・ウルトラ)

長歌行 6 (ヤングジャンプコミックス・ウルトラ)

長歌行 6 (ヤングジャンプコミックス・ウルトラ)

さて、恒例の重箱の隅つつきをば。とくに6巻がツッコミ甲斐がありました。翻訳・校正はしっかりしてほしいものです。

5巻P60 「孫思邈」に「そんしぼう」とルビが振られています。「そんしばく」です。

6巻P17 幼女の長歌かわいい…ではなく、「魏征」(ぎせい)って誰やねん。「魏徴」(ぎちょう)です。簡体字を変換し損ねています。
6巻P93 頡利可汗が吉利可汗になってるのは、もとからでしょうか。最初のほうの巻も読み直さないといけませんね。

6巻P97 誤りとまではいえないけど、「靖安坊」が「ちんあんぼう」と中途半端な中国語読み。ちなみに初唐の長安の108坊のうちに「靖安坊」というのはないみたいです。

6巻P102 注釈の誤り。尚書=「国防の職位」なのではありません。行政統轄機関である尚書省のトップが尚書令あるいは尚書僕射であり、尚書省の下に行政官庁ともいうべき六部があります。六部のそれぞれの最上位の職位が「〜部尚書」です。俗っぽく現代の「〜大臣」の感覚で捉えても、そう間違いではありません。李靖はこのころ兵部尚書の任にあったので、李靖が「国防の職位」にあったことそのものは誤りではありません。しかし尚書の説明としては完全に誤っています。
6巻P103 こちらではちゃんと「魏徴」(ぎちょう)になっています。しかし「諌議大夫」(ざんぎたいふ)という読みは残念です。正しくは「諫議大夫」(かんぎたいふ)です。あと「諫議大夫」はあっても「諌証君側」なんて官位は存在しません。魏徴も王珪もともに諫議大夫の任にありました。君主に諫言をおこなうのを役目とする官職ですね。
6巻P142 「張氏出塵」って何だろうと思ったら、李靖の妻の役を振られた「張出塵」という伝奇キャラがいるんですね。
http://www.zwbk.org/zh-tw/Lemma_Show/444238.aspx
「張氏出塵」という表現が妙なのは、言わずもがなかと。