『甲骨文字に歴史をよむ』

落合淳思『甲骨文字に歴史をよむ』(ちくま新書
甲骨文字から殷代後期の歴史に向かっちゃう概説書。従来の通説を斬りまくっていて、これは文句なしに面白い本です。
「帝乙」(殷の紂王の親父さんとされる人)が存在しなかったとか。(帝乙−微子啓・微仲衍の宋の系譜を後代になって殷王の系譜にねじこんだんだとか。)
「口祀」が王の即位二十年目の祭祀ではなく、王の初年の祭祀であり、これによって殷末の王の在位年はかなり短くなっちゃうとか。
「酒池肉林」の故事は、前漢のころに完成したんだとか。
文武丁の代に対人方戦争が起こされ、殷の国力は充実し、帝辛(紂王)の代になんらかの失政によって盂がそむき、対盂方戦争が起こって、これの鎮圧に成功したものの、殷の国力は衰退して周に滅ぼされるにいたっただとか。(従来の説では対人方戦争が帝辛の代で、東方に勢力が拡大したのに、周に滅ぼされるというイマイチすっきりしない説明だったのが、落合説ではすっきり…します。)

落合説がどの程度信用できるのか、まだ分かりませんが、とりあえず斬新なのは確かなので、殷末の歴史に興味がある人にはとくにオススメしておきます。ただし文献資料(とくに『史記』)に対する攻撃の筆鋒は鋭く、「文献が持つ権威は、殷代史研究に関しては、もはや阻害要因でしかない」(P18)とまで言い切るかたなので、そのへんはご注意を。殷代史において後代の『史記』より同時代史料の甲骨文が重要なのは、僕の素人目にも同感ですけどね。文献資料に対する批判にとどまらず、その批判は西周金文にまで進みますので、そこらへんがさらに痛快なんですけども。

感想は以上。以下、本書中の人名をメモ。「倉侯虎」、「攸侯喜」、「沚馘」。