原泰久『キングダム』その2

前に書いたのをその1として、その2とする。この漫画、『史記』始皇本紀と読み合わせると、けっこう面白い。
楊端和−山界の王。名前だけ実在。始皇本紀の始皇十一年に秦の末将として登場。もちろん女性ではなかったと…思う。この史料上では名前だけともいえる人が、山界の王として設定されたのは、作者の深慮遠謀が隠されているかもしれない。氐王の楊氏というのは、後漢ごろから史料に出てくるようになり、五胡のころに仇池政権として結実する。作者は仇池政権の楊氏のことを知っていて、こういう小細工をしたのだ!って、深読みのしすぎかな。
壁−昌文君の部下のおっちゃん。始皇本紀の始皇八年に「将軍壁」と出てくるのであるが、これはちょっとややこしい事情がある。ちくまの小竹文夫・小竹武夫訳『史記1』では、「八年、秦王の弟長安成蟜が軍を率いて趙を伐ち、趙の屯留の民を従えて謀反した。秦はこれを撃って長安君を殺し、軍吏をみな斬り、屯留の民を臨洮(甘粛)にうつした。この時、将軍壁が死ぬと、部卒の屯留人蒲鄗がまた叛いた」と訳されている。この解釈だと、将軍壁という人物がいて、屯留にいた人で成蟜に従った人だったという判断が成り立つ。しかしちょっと待ってほしい。『史記』三家注のひとつ『史記正義』では、「将軍壁死」は成蟜が壁塁の内で死んだことを指していると言っている。また同じく三家注のひとつ『史記集解』では、屯留・蒲鄗はともに地名であると指摘している。どうもここは小竹兄弟の誤訳にもとづいて「将軍壁」という人物が作られ、作者がそれを拾ってしまった可能性が高い。
この漫画が続いて新たな人物が登場するようなら、いずれその3もやります。