兵馬俑がヘレニズムの影響で作られたとの説

レコチャイでまた面白歴史記事が出たのでご紹介。
英学者が「始皇帝兵馬俑古代ギリシャ彫刻からインスピレーション」と指摘―英紙(レコードチャイナ)
http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=82798

2014年2月3日、英紙デイリー・メールは、中国の世界遺産・秦の始皇帝兵馬俑(へいばよう)は古代ギリシャ彫刻からインスピレーションを得て造られたとする学者の説を紹介した。新華網が伝えた。

英紙デイリー・メールの記事を新華網が引用したものをレコードチャイナが伝えているという孫記事であることを冒頭に示しています。
デイリー・メールの記事はこちらですが、
http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2522067/Chinas-Terracotta-Army-inspired-ancient-GREEK-art-claims-expert.html
デイリー・メールの記事もライブサイエンスの記事を引いており、実はレコチャイの記事は曾孫記事だったりします。
http://www.livescience.com/41828-terracotta-warriors-inspired-by-greek-art.html

ロンドン大学東洋アフリカ研究学院のニッコール教授は、中国・陝西省西安市の秦の始皇帝陵に副葬された兵馬俑が、古代ギリシャ文明との接触で生まれた産物だと主張。最近、翻訳された古代ギリシャの文献を引用し、「兵馬俑古代ギリシャ彫刻12体を原型として造られた」と証明する部分があるとした。

ニッコールじゃなくて、ルーカス・ニッケル(Lukas Nickel)ってかたみたいですね。レコチャイ記事のもっともおかしな部分は、「翻訳された古代ギリシャの文献」としているところです。元記事で「Nickel translated ancient Chinese records」と言っているとおり、ニッケル氏が使っているのは古代中国の文献です。元記事を読んでいれば、「古代ギリシャの文献」に「Lintao」(臨洮)なんて地名が出てくるわけがないことに気づかされます。そしてどうやら「古代ギリシャ彫刻12体」は始皇帝の作らせた12体の銅人(金人)のことのようです。

ニッコール教授は「始皇帝以前の中国に、等身大の彫像は存在しない」との理由から、「兵馬俑アレキサンダー大王時代の影響を受けている」と指摘した。前述の文献に出てくる古代ギリシャの彫像には約11.5メートルの巨大なものがあり、これに衝撃を受けた始皇帝は同じものを青銅で造らせたという。だが、この銅像始皇帝の死後にすべて破壊され、現存していない。

元記事を見ると、ニッケル氏は『漢書』顔師古注を独自の解釈で引くことで、アレクサンドロス大王の東征にともなうヘレニズムの影響を主張しています。
自家宣伝ですが、亭主も始皇帝の銅人について調べたことがあります。
http://d.hatena.ne.jp/nagaichi/20120306/p1
銅人そのものが現存しないうえに、記録もさほど詳細とはいえず、そこからヘレニズムの影響を立証するのは不可能だと思います。「夷狄の服を着ていた」ことや「金狄人」という別称から当時の秦人の標準的なスタイルから外れていたことはいえますが、西方系の人物がモデルとは限りません。

そもそも兵馬俑自体がたった12体のモデルから生まれたとは思えない成熟した多様性を誇っています。模倣から生まれた文化であるなら、成熟のための時間が必要であるはずです。兵馬俑がヘレニズムの影響を受けた12体の銅人をモデルに作られたという結論も、史料の読みという最初のボタンの掛け違えから拡がったものではないかと思います。『史記』『漢書』の注釈を読んだ人は、誰もニッケル氏のような解釈はしていません。中国古典の伝世文献からヘレニズムの影響を見るのは無理筋でしょう。
そのへんは文献の限界で、美術的な方面から比較して、立証できるなら立証していくほうが筋が良いのではないでしょうか。