「蒼き狼 地果て海尽きるまで」

角川「蒼き狼」観てきました。なんとなく予想通りといいますか、残念といいますか、微妙な出来ばえでしたね。
モンゴルの草原を走り回るたくさんのお馬さん見るのは、たしかに壮観ではありましたが、ストーリーのほうはグダグダ…としか言いようがありませんでした。
テーマは家族愛…なんでしょうか?チンギス映画で、陳腐な家族の葛藤をやられてもなあ…。歴史大作をやりたいのであれば、洋画の「ジャンヌ・ダルク」とか「アレキサンダー」とか見習ってモチーフの虚像をぶち壊してみるのもいかがでしょ?それなりの新奇さがないと、最近の歴史映画はやれないですよ。
ではスタンダードとしてどうかというと、父イェスゲイ・母ホエルン・弟カサル(ハサル)・ベクテル・ベルクタイ・妻ボルテ・子ジュチと出てきておきながら、弟カチウン・テムゲや、子チャガタイ・オゴタイ・トゥルイは出てきません。クラン妃の存在感はボルテを食うほどですが、イェスイ妃・イェスゲン妃の姿はどこへやらです。四駿のボオルチュはやたら目立っていますが、残りの四駿ムカリ・チラウン・ボロクルや、四狗のジェベ・ジェルメ・スブタイ・クビライは、名前さえ登場しません。ええといろいろ足りないですね。奇抜さもなければ、スタンダードというにも物足りないでは、とりあえず絵とツッコミどころだけ楽しむしかないではないですか(笑)。
ツッコミどころでは、とくに気になるところ、松方トオリルの死に方、平山ジャムカの死に方、松山ジュチの扱いですかね。興味あるかたは、映画と歴史の違いを楽しんでください。
ほか、作中で「女を戦利品にしない」とか、反町テムジン君に言わせてますが、チンギス・ハーンの妃嬪たちの出自を知っていれば、恥ずかしくて言わせられない台詞でしょうね。
1206年の「(史称)チンギス第二次即位」のシーンで唐突に出てきた津川雅彦のあの存在感はアンバランス。でも、モンゴルのシャーマニックな部分をもっと巧妙に出せれば、歴史映画として本格になれたかもしれません。「蒼き狼」とか「テングリ」とかいう単語を連呼していれば、モンゴル史っぽくなるという考えが透けて見えていて、台詞が実に安っぽく、白けることこの上なかったです。