クトゥルーネタの旬を逃すべきではあるまい。
『晋書』巻94 列伝第64 隠逸
祈嘉字孔賓,酒泉人也。少清貧,好學。年二十餘,夜忽窗中有聲呼曰:「祈孔賓,祈孔賓,隱去來,隱去來。修飾人世,甚苦不可諧。所得未毛銖,所喪如山崖。」旦而逃去,西至敦煌,依學官誦書,貧無衣食,為書生都養以自給,遂博通經傳,精究大義。西游海渚,教授門生百餘人。張重華徵為儒林祭酒。性和裕,教授不倦,依孝經作二九神經。在朝卿士、郡縣守令彭和正等受業獨拜牀下者二千餘人,天錫謂為先生而不名之。竟以壽終。
祈嘉は字を孔賓といい、酒泉郡の人である。若くして清貧で、学問を好んだ。二十数歳のとき、夜に突如として窓から呼び声がして、「祈孔賓よ、祈孔賓よ。隠れ去りなさい、隠れ去りなさい。飾りたてた人の世は、苦しみばかりで調和することができない。わずかな金銭も得られず、失うものは山のように大きい」と言った。日の出を迎えると祈嘉は逃げ出し、西のかた敦煌に到着した。学官について書を口ずさび、貧しく衣食もなかったが、書生仕事をして我が身を養い、ついに広く経伝に通じ、経書の概略をきわめるようになった。西のかた海渚に遊歴し、門生百人あまりに教授した。前涼の張重華に召されて儒林祭酒となった。祈嘉の性格はなごやかで余裕があり、教授して飽かず、『孝経』を参照して『二九神経』を作った。朝廷の卿士や郡太守・県令の彭和正ら、かれの授業を受けてへりくだる者は二千人あまりにおよんだ。前涼の張天錫は祈嘉のことを先生と呼んで、その名を呼ばなかった。祈嘉は天寿を全うして死去した。
五胡十六国時代に旧き邪神の呼び声を聞いて禁断の学問に手を染めた人物がいたことは、このとおり正史に明らかなのである。いあいあ。
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