「中国は道教の国」ではない

以下は、亭主が読んで少しならず腹を立てたネット記事を貶しているだけの内容なので、時間をムダにされたくないかたはスルー推奨です。
元記事はこれ↓です。
中国人が買い占めに走る「伽羅」に日本の仏教界が困っている(NEWSポストセブン)
http://www.news-postseven.com/archives/20140730_268374.html
いやあこれ↑はひどい。はじめにきちんと言っておきますが、ひどいのは「中国人」ではなくて、NEWSポストセブン当該記事そのものですよ。

冒頭からまず難癖がひどいです。

中国の富裕層は、虎視眈々と私有財産を増やそうと買い占めを行っているわけだが、ゴールドや海外の土地といった高価なものから、おむつや粉ミルクといった日用品まで、自分たちが得するものであれば、とことん手を伸ばす姿勢は節操がないというかすごいというか…。

「ゴールドや海外の土地」なら富裕層の先物や投機の対象として分からなくはないですが、「おむつや粉ミルクといった日用品」はそういうものではないですね。もし富裕層が日用するものに日本製の高級品を使うことを非難したいのであれば、中国の赤い資本主義そのものを批判すべきでしょう。もしおむつの「買い占め」(実際は転売)を叩きたいのであれば、矛先は下の記事に挙げるようなブローカーを論うべきでしょう。
http://www.asahi.com/articles/SEB201312140053.html
http://kinbricksnow.com/archives/51839475.html
「ゴールドや海外の土地」を買い占めている層と「おむつや粉ミルクといった日用品」を転売して儲けている層は、ほとんど重ならないので、この二者を対比しても「節操」の問題にはなりようがないですね。

さて、伽羅を買い占められて困っている「日本の寺社界隈」に同情をもってポストセブン記事を読み進めていきますが、記事が「寺社関係者」のコメントを引いたあたりで、また目の前が眩んでしまいます。

そもそも中国は道教の国です。

いや伝統的に中国は儒教道教・仏教の三教が主要な宗教ですし、前近代ほどの勢威はないとはいえ、現代でもそれぞれが重要なニッチを占めています。唐末から中国沿岸部や西北地方に広まった清真教(イスラーム教)や近代以降に広まったキリスト教も無視はできません。

加えて、中国は大規模な廃仏毀釈を繰り返している歴史があり仏教への理解度は低い。

ここのコメントは、おそらく三武一宗の法難や文化大革命といった歴史的事件が念頭にあるのでしょう。まず三武一宗の仏教弾圧ですが、背景には仏教の盛行があり、出家者が増えすぎたことが統治者の危機感を呼んだことをコメント者は忘れているようです。いずれも基本的には寺院破壊よりも財産没収や還俗に重きを置き、王朝の財政の改善を狙った政策展開でした。仏教の発展には蹉跌であったといえますが、以後に仏教が著しく衰退したとは言い難いものがあります。もうひとつの文化大革命では、「破四旧」と言って古いものを手当たり次第に壊す運動が起こりました。仏教の受けたダメージは深刻なものがありましたが、こういった弾圧があったからといって、現代の中国での「仏教への理解度は低い」ことにはならないでしょう。

そもそも「仏教国」とされる日本やらタイやらミャンマーでも、自分含めた一般人を捕まえて問い質せば「仏教への理解度」なんて概して怪しいものだと思います。どれだけの人間が仏教徒であると自認しているか、あるいは仏教者がどの程度仏教を理解して説いているかのほうがよほど肝腎でしょう。コメント者が俗流の歴史論を振り回しているあたり、中国の仏教者と現実に対話したうえでこのへんを論っているわけではなさそうです。日本の「寺社関係者」が本当にこのようなコメントをしたのだとすれば、嘆くべきはその無明でしょう。

さらに元記事は最後もやはり中国の宗教に対する無知にもとづいた偏見で締めています。

紙銭を焼くことで、あの世に送金し、現世の罪を軽くする…そんな意味を含むこの行いは、まさしく“地獄の沙汰も金次第”という中国人の考え方そのものだという。

いやいや中国の祖先祭祀にみられる紙銭に「そんな意味」はありません。「現世の罪」って言いますが、キリスト教の「罪」や仏教の「業」に相当する観念は、紙銭を焼く行為からは出てきません。紙銭を焼く理由は、死者が冥界の通行銭として使うためとも言われています。道教で冥府の神を担当している東岳大帝などは冥府の裁きの神と考えられ、仏教の閻魔王の影響も受けているようですが、紙銭が東岳大帝に対する賄賂だとは聞いたことがありません。あえて考え方というなら、「地獄の沙汰も金次第」ではなく、中国の伝統的な死後生(冥府)観が現世の営みの延長であるということです。中国の拝金主義を批判するのも結構ですが、歪んだ宗教観から結論を導いても仕方ありませんよ。

さてここまで伽羅を「中国人が買い占めている」ことの是非について言及していませんでしたが、伽羅というか沉香の市場価格が高騰しているのは本当のようです。
http://news.ifeng.com/a/20140729/41346034_0.shtml
ただそれが一部の投機目的の人間が釣り上げているのか、実需要が伸びているのかは、軽々に判断できません。
中国では沉香木は香料や漢方薬の原料のほか、彫刻の原木などにも用いられています。
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%89%E9%A6%99%E6%9C%A8
中国経済が発展している以上、そうした高級品の需要が伸びるのも自然に思えます。
仮に投機目的の人間が買い占めて価格を釣り上げているのだとしても、それは市場の失敗であって、粗雑すぎる中国(人)非難をして問題が解決に近づくようには思えません。記事中の寺社関係者が伽羅という「色」に執着しているように見えるのも、余計な心配ながら残念に思えますね。