王羲之「大報帖」の話

王羲之の書の写しが見つかったというニュースです。小野道風の書として知られていたものが、王羲之の模本だと鑑定されたという話らしいです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130108/k10014646631000.html
http://mainichi.jp/feature/news/20130108ddm041040119000c.html
報道以上のことは分からないのですが、素人なりの疑問が浮かんだのでひとこと。日経と東京新聞の記事では、「王羲之の息子『期』」とか言っています。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDG0800T_Y3A100C1CR0000/?dg=1
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2013010802000227.html
王羲之には7人の男子がいて、
王玄之
王凝之
王渙之
王粛之
王徽之(字は子猷)
王操之(字は子重)
王献之(字は子敬)
ということになっているので、息子の「期」って誰だよ?と思いました。
東京国立博物館の「書聖王羲之展」サイトの解説でも、
http://o-gishi.jp/
「2文字あとの「期」も王羲之の書簡にしばしば見える人物で、王羲之の息子の一人、王延期と考えられます。」とか言っています。
んー、なんだかなあ。
王羲之の「期已至帖」に「期已至,遲還」とあり、「延期帖」に「兄弟上下遠至此,謂不可言,嫂不和,憂懷深,期等殊勿勿燋心」とあるなど、王羲之の知己に「期」とか「延期」とか呼ばれる人物がいたのはまず間違いないですし、一説には兄の子だなどともいわれてますが、息子というのは根拠が分からないです。

以上で重箱の隅つつきは終了です。以下は、皮肉抜きで読んでいただければですが、

(便)大報期転呈也 知
不快 当由情感如佳 吾
日弊 為爾解日耳

の24字から王羲之の模本だと断定できるというのも、正直凄いなあと思いました。書の世界はさっぱり分からないですけどね。