「呉興閨閥」を仮構してみる

『陳書』をみると、南朝陳の皇帝の一族である呉興郡長城県の陳氏とその外戚である呉興郡武康県の沈氏の関係の深さが浮かび上がる。地縁と血縁で強く結ばれた関係は王朝の核として初期には順調に機能したが、後期には悪しき内朝ローカリズムとして王朝のバランスを破壊するものとして機能したのではないか。沈客卿が施文慶と並んで評判が悪いのはそのせいである、と妄想。